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2013年10月8日(火) 校長 岩間秀彬
新島学園同窓会 講話要旨

「新島襄・新島学園との出会い、そして今後の構想」

はじめに、今日は講話会という名に相応しい話ができるとは思いません。
そこで、「私のようなものが何故、新島学園に導かれたのでしょうか」と、自分のクリスチャンビジネスマンとしての半生に触れて、皆様に私を理解していただきたく思います。そして、この4月からの新任校長としての体験を通して、私なりの新島襄・新島学園理解と将来構想を話していきたいと思います。

1.新島学園とキリスト教精神

新島学園卒業生の心の底流にある共通の精神は、「他を思いやるこころ」ではないかと思います。学園の旧教職員や同窓会・PTA・教員・生徒の皆様、すべてを通して、お会いした方々に、ある共通なものを感じました。それは、「他を思いやる心」で、「新島学園に対する深い愛情」につながっているものではないでしょうか。

そして、これこそが、皆様が新島学園での3年間または6年間の間に培われたキリスト教精神の一部なのではないかと感じました。また、在学当時に学ばれた聖書の言葉は、心のどこかに心の故郷(ふるさと)として、残っているのではないでしょうか。

私は、このキリスト教精神を見えない糸として、新島学園の卒業生の方々と心のつながりを感じ、人間として深いところで理解し合えると感じております。

2.私の米国経験とクリスチャンビジネスマンとしての半生を振り返って

私にとりまして、1987年から1997年にわたる10年間の米国でのビジネスマンとしての体験は、試練の時であり、かけがえのない訓練の時になりました。

1987年頃、コニカが米国の競合相手の一つを買収することになりました。その買収した会社の社長として、ニューヨークのロングアイランドに駐在することになり、私と家族の2度目の米国生活が始まりました。(一度目は、73~75年の2年間のメリーランド大学修士課程への留学でした。)この10年間のうちの最初の2年間は、私にとって、仕事と家庭の両面で特別な試練のときでした。

家庭内では、当時高校一年生だった娘が、最初の半年は頑張ったのですが、その後、燃え尽きてしまい、登校拒否になってしまいました。

また、仕事では、会社は20億円以上もの赤字状態からの出発でした。真っ暗なトンネルの中で光が見えませんでした。この暗いトンネルの中で私は改めて自分の信仰を見直すことを得ました。この一番つらかった時、不思議にも「すべての事について感謝せよ」の御言葉に出会ったのです。

聖書のIテサロニケ5章の16~18節に、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」と書いてあります。(この言葉は、今、学園の玄関を入って右側の壁に掲げてあります)

この言葉は、そのとき以来、今に至るまで、私の生きる姿勢と信仰生活を支え、生活の中で生きた御言葉の一つです。

私たちは、好い事についてだけ感謝するのではなく、困難な問題、病気や災難にあっても、その病気や災難が起こったことを、私たちの人生における神のご計画の一部として受け入れて、感謝するということです。

先に申し上げたとおり、この会社は20億円以上の赤字から出発しましたが、四年目には黒字化し、帰国までには現地社員との信頼を築き、新しい社風が育ち、社員も見違えるように、明るく変わっておりました。また、印刷用フィルムの米国におけるシェアーは、私がいた10年間に、6%から18%まで、3倍に伸びました。

この米国での10年間は、私の人生にとって、仕事の面でも、信仰の面でも最も充実した、また最も鍛えられた時期のひとつでした。

娘もその後、回復して、新しい学校へも登校できるようになり、教会にも行くようになり、現地の高校を卒業し、日本に戻って大学へと進みました。

1997年末に日本に帰国し、本社に戻り、会社の中枢である経営戦略室の責任者として、キャッシュフロー経営を推進する提案を行いました。当時は、売上と利益の管理が主流で、キャッシュフローの改善の重要性は、見過ごされておりました。3年間で約800億円のキャッシュを生み出す計画を策定、推進し、計画通りに達成しました。

2000年から2004年にかけて、フォトイメージングカンパニーの社長として、重責を任されました。この会社は、コニカグループの中で、その看板商品のカラーフィルム、カラープリント、カメラ等を製造・販売する会社です。看板事業会社を任された重責で、朝早くから目が覚めてしまう日々が続きました。その時私を支えた御言葉は、イザヤ書41章の10節「恐れるな。私はあなたと共にいる。」「たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右手で、あなたを守る。」でした。

その後、ホールディング会社の常務執行役として、コニカとミノルタとの統合に関わりました。そして、経営統合後も、コニカミノルタフォトイメージンング株式会社の社長を拝命して、定年退職するまで、勤めました。退職後、同じコニカの役員経験のある松本正之評議員から誘われて、2年半前に新島学園の理事をお引き受けしました。さらに、昨年後半、大平理事長からのご要請を受けまして、校長をお引き受けするというまったく想定外の進展の中で、今、皆様のお役に立てればと、心から願っております。

3.新島学園への導きと新島襄との出会い

新島学園との出会いは、同時に、私にとっては新島襄先生との出会いでもありました。

新島襄先生は、1843年に生まれましたが、なぜ、私が新島襄先生の生まれた年度を覚えているかといいますと、私が、そのちょうど100年後の1943年に生まれているからです。

新島襄先生にとって、10年の米国での勉学は大きな試練であり、また、世界に視点をおいた人格形成期でもありました。比較することは恐れ多いことですが、奇しくも、私もコニカ米国子会社社長としての10年間が、試練の中で忍耐を学び、グローバルな感覚を養う時期でした。

新島先生は、「知育」(知識詰め込み)偏重の弊害に早くから気づいていました。魂や心の領域での育成や訓練を怠ると、「知育」はかえって利己的な人間を作るきらいがあること。徳を欠いた研ぎ澄まされた知性は、「鋭利なナイフ」と同じで、自分や他人を滅ぼす危険極まりないものであるとの認識が新島先生にはありました。

このことは、私が校長として、生徒を育成していくにあたり、常に心しておきたいことの一つです。

新島先生の標榜する「良心の充満した人物」とは、いまさら言うまでもありませんが、他者に奉仕するために私欲を抑える人格をいうと、述べられています。まさに、キリスト教の精神を具現化した生き方として心に響きます。

このような、新島先生の生き様と教えは、私がクリスチャンとして目指している生き方の具現化であり、校長として、新島先生の示された道筋を辿っていくことに、喜びと確信を与えてくれるものです。

私が、最近、ある新島学園の生徒の父親から聴いた話ですが、その父親が子供に、こう話し掛けました「先日、ソフトボール部の子が足の骨を折ったそうだが、新島学園はバリアフリーになってないから大変だよね」すると子供が「お父さん、私達がバリアフリーなんだよ。」「ある生徒は鞄を持ってやり、ある子は、肩を貸してやり、必要なら負ぶってやることもあるのだよ」と。

今、新島学園にはこういう心を持った子が沢山育っています。

4.教育方針と校長としての取り組み姿勢

新島学園の伝統的な教育方針は、教育の5原則に述べられており、ご承知の通りですが、キリスト教精神を具現化した新島先生の生き様を基本に、今年度の教育方針を次のように掲げてスタートしました。

「すべては、生徒の成長のために」を合い言葉に、生徒の育成として目指すべき姿は以下に述べる通りです。

  1. 何事にも感謝の心を持つこと
  2. 夢を持って将来の姿を描ける力をつけること
  3. その夢の実現に向けて挑戦する力をつけること
  4. 常にグローバルな視点でものを見、考えられること

グローバル化の波は、経済界では、早くから対応が始まっておりましたが、教育界では、やっと、東大の秋入学の話題や、秋田の国際教養大学の人気沸騰や、各私学が、グローバル対応と名を打った学部が次々と誕生する中、新島学園は、私学として、150年前の新島襄先生の先駆けに象徴される伝統をここで再び、蘇返らせる必要があります。

5.新島学園の目指すべき方向

私は、40年近く企業論理の中で生きてきましたが、新島学園に2年半前から理事として関係してからは、企業論理を思い切り捨て去りました。

「ものつくり」「利益追求」から、「人の育成」「こころの追及」へと、頭も心も切り替えたのです。

まだ6か月ですが、この新島学園が心の教育、人間教育という点で、如何に素晴らしく、稀なる学校であるかを実感しております。

しかし、この素晴らしい人格教育も、学力向上というもう一本の柱が揺らいでいては、学校としての持続可能性を保証することは出来ません。

特に、群馬県の中学入学年齢人口の統計推移は、この先10年も経たないうちに、現在の20,000人から17,000人へ激減すると見られています。まさにサバイバルをかけた戦略を考え、生き延びる方向を明確にしなければなりません。

私は、校長として、

  1. 新島学園をその伝統を堅持しながら、グローバル化に対応したユニークな学校としての方向を明示し、
  2. 教職員の潜在能力を最大限に発揮できる組織力を構築し、
  3. 人格教育を豊かに堅持しながら、学力を1~2ランク向上すること

を、責務の一つと考えております。

新島学園の目指す学力向上の方向は、進学校を目指すことではありません。偏差値を上げて、受験競争を突破すればいいという教育ではありません。これからの、グローバル化の進展の中で、社会に出て、臆することなくグローバル化にも対応できる人間の育成です。これからの社会が本当に望んでいる人材の育成です。

このような方向も考えに入れて、社会が求める人材を育てるに当たり、新島学園の教職員の力を、ある一つの方向に結集して行く「しくみ」がほしいと思いました。

教育現場では、一般に、チーム力の不足が考えられます。新島学園でも健全なチーム力の育成が、「しくみ」作りの鍵になると思います。

教職員の個性を尊重し、個性豊かな才能に磨きをかけ、それを相乗的に生かすチーム力をつけることにより、私学としての生き残りと発展を計っていきたいと願っています。

教師力には、生活力、モラル力、指導力、事務力、創造性、先見性が求められます。しかし、すべてを備えた教師はいません。チームとして、お互いに補完しあえばよいのです。

多様な人材が集まって、一つの目的のために互いのスキルを発揮し合う。さらに、それぞれのスキルを融合して、相乗効果を上げるのが目的です。

教育現場でのチーム作りとして、次に示す7つの心得を、今、教職員と共に学んでおります。

  1. 「やらされた」ではなく、「やりたい」というチームを作ろう
  2. 「否定語」を「肯定語」に言い換える心を持とう
  3. 最低限の原則を守り、最大限の自由度を持ってやろう
  4. 問題こそが、チャンスの源と考えられるチームになろう
  5. 相手の痛みを敏感に感じるチームメンバーになろう
  6. 問題を常に相手の立場から見られる度量を持ってやろう
  7. チーム力の最終目的は、相乗効果を生み出すことと知ろう。

今日お話ししたことを、まとめてみましょう。

新島学園との出会いは、私にとって、新島襄先生との出会いであり、「他を思いやる心」を共通の心の糸として持たれる皆様との出会いでした。それは、キリスト教精神の具現化された心の故郷であり、私に、自分のクリスチャンビジネスマンとしての半生を話す動機を与えてくれました。

新島学園を知れば知るほど、その素晴らしさに感動する一方で、これから一層厳しさを増す少子化の波と、グローバル化への激変の中で、持続可能な私学として、生き続けるためには、全国レベルで注目されるユニークな私学へと、成長し続ける必要があることを強調し、そのおおまかな方向付けと、取り組み姿勢などを、お話ししました。この取り組みに当たって、忘れてならないことは、教職員こそが、この学校の最大の資産の一つであり、今後益々、この資産価値を更に高めるための投資を積極的にやっていく必要があることを言及して私の話を閉じたいと思います。ご清聴ありがとうございます。


新島同窓会報「根笹」

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